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ヒシアマゾン 優しいエナジーが、止まらない

大きな、かっこうのいい身体には、独特の存在感があり、その動きは、自然でありながらセンスがよくて華麗。ゲートの出遅れグセも、大外をまわることも、女っぽくない大跳びも、すべてが魅力的なのである。
「僕の理想はヒシアマゾンです」
と言う男性競馬ファンがいたことがあるほどの人気ぶりだった。
で、女としてどこが理想というと、
「強くてかっこいい、反面、素顔は優しい」
だそうで、ならばそういったファンの男性は彼女の素顔を知ってるの?と思うほどだったが、悔しいことにファンの言う通り、ヒシアマゾンの素顔、ふだんの彼女は、ほかの牝馬と比べても本当に優しいのだ。
女性にヒシアマゾンのような本物の強さを求めるあたり、そのファンはどこか弱くてずるいオトコなんじゃないの?と言ってみたくもなるが、そういう弱い自分、ヒシアマゾンのようなオンナに甘えたい自分を、認識していればこその発言と取るべきか。とにかく、少なくとも、
「強くてかっこいい、が、素顔は優しい」
というヒシアマゾンへの理解は正しい。
おそらくファンの人達は、彼女のふだんの素顔の写真を見て、彼女の優しさを感じとったのだろう。
レース前のパドックでは、その走るときの姿からは、まるで想像もつかない甘えんぼうの素顔にファンを魅了した。
「ねぇ、どうしよう、みんなが私のことを見てる」
と、彼女の声が聞こえてくるかのようだった。
ヒシアマゾンは、自分の感情を人に伝えるのが特別上手な馬だ。人間と話をするのが好きで、鼻息をつかって、そして耳、やわらかい唇で気持ちを表現する。
ナリタブライアンを追い詰めた有馬記念のあとは、大外をまわってたくさん走らされて負けたのが悔しくて、プンプン怒っていた。彼女にはブルーのときもあって、サンタアニアへの海外遠征から帰ってしばらく、何が悲しいのか、心が泣きっぱなしだった。
ヒシアマゾンは表現力が特別優れている。だから、彼女は競馬場で、多くの人をひきつけていた。
彼女にとってはある意味では、レースも表現の一種。彼女は、レースを走ることで、特別なエナジーを人間に向かって発散させている。
戦いのとき、強さのなかにも、優しいエナジーが音楽のような心地よさで、人の心を駆け抜けるのではないだろうか。

ヒシアマゾンの主な成績(重賞1着)
阪神3歳牝馬ステークス l クイーンカップ l クリスタルカップ l ニュージーランドT4歳S l クイーンステークス l ローズステークス l エリザベス女王杯 l オ-ルカマー l 京都大賞典

ナイスネイチャ 脚はキレると・・・思う

ナイスネイチャの脚はキレた。なんていうと、
「あのジリ脚の代表みたいな馬のどこにキレる脚があったの」
などと非難を浴びてしまうかもしれない。しかし、私の記憶では、確かにナイスネイチャの脚はキレた。そして強かったのだ。もっとも、これは平成2年の京都新聞杯の時のことなのですが。
その日、私は京都競馬場に来ていた。
このレースの1番人気は、骨折でダービーには出走できなかったものの、春のクラシック戦線で活躍したイブキマイカグラ。
小倉記念を含む3連勝で京都に戻ってきたナイスネイチャは2番人気だった。しかし、しょせんはローカルで勝ち上がってきた馬と考えていた私は、十分すぎるくらいの実績を持つイブキマイカグラを推していた。
ところが、このレース、ナイスネイチャは強かった。中位から押し上げ、直線では他の馬が止まって見えるような脚を繰り出したのだ。そしてイブキマイカグラと皐月賞2着馬のシャコーグレイドを従えてゴールイン。
このレースでのナイスネイチャの脚は、本当にキレた。もともと私はキレる脚を持つ馬が好きでそんな脚を見せてくれたことに、ただ感動していた。
そして、菊花賞はこの馬で間違いないと強い確信を得、大満足で京都競馬場を後にした。
しかし、どうしたことなのか。京都新聞杯以降のレースでナイスネイチャがキレる脚を使うことは無くなってしまった。
トウカイテイオーのいない菊花賞では4着、楽勝するはずだった鳴尾記念でもなんとか勝ったという程度、そして有馬記念ではダイユウサクの奇跡の豪脚の前に3着。どうにも不完全燃焼のレースが続く。
「こんなはずはないのに・・・」
あの京都新聞杯の脚が頭にこびりついてしまった私には、ナイスネイチャの変化がどうしても理解できなかった。そして、たまたま展開が合わなかっただけと根拠のない理由を挙げて、自分自身を慰めていた。
きっと次のレースであの脚を見せてくれるに違いないと。
しかし、9ヶ月の休養を挟んでレースに復帰したナイスネイチャは、毎日王冠3着、天皇賞4着、マイルチャンピオンシップ3着、有馬記念3着と、相変わらずの掲示板を賑すだけ。
ハイペースだろうが、スローペースだろうが関係ない。どんなレースであってもそこそこ走るが、決して突き抜けることはないのだ。やがて世間の評価もG1レースを勝ちきれるだけの力はないと固まってしまった。
それでも、私はナイスネイチャの脚を信じ続けた。4歳の秋の衝撃的な脚がどうしても忘れられなかったのだ。この頃、一度でもボロ負けしてくれていたら、まだ諦めがついたかもしれない。しかしナイスネイチャは今度こそはと思わせるには十分なほど、あと一歩というところで負け続けた。
不思議なものである。これだけ期待に裏切られ続けてきても、私はまだこの馬が忘れられなかった。
そして平成5年の有馬記念。天皇賞で初の2桁着順となり、ジャパンカップでも7着に敗れたナイスネイチャは、すっかり人気を落としていた。14頭立ての10番人気のレース。さすがに私も今度は無理だろうなと半ば諦めつつも、ほんの少し期待していた。
しかし、簡単にはいかない。結局勝ったのは、トウカイテイオー。1年ぶりの出走による感動的なしょうりであった。
そして、ナイスネイチャはといえば、3年連続3着という珍記録を達成。
もっとも、10番人気で3着なのでよくやったということもできるだろう。しかしおかげで、ナイスネイチャは「日本一のお笑い馬」という称号を獲得し、終わりを告げたのだ。

ナイスネイチャの主な成績(重賞1着)
小倉記念 l 京都新聞杯 l 鳴尾記念 l 高松宮杯

ジョージモナーク アンチ・エリート向け芦毛のダークホース

野球ファンにおれはアンチ巨人だという人は多い。巨人嫌いの理由を聞くと巨人が強いから。金を使っていい選手を集めるからとの声が圧倒的。だから強いエリート集団の巨人が、弱い球団にコテンパンに負けるのを見ると痛快でたまらないのだ。
競馬の世界でも巨人がボロ負けするのと同じくらい痛快この上ないシーンがある。それは、資金や施設の面で圧倒的に優位に立つ中央競馬のエリート集団が、地方競馬から殴り込みをかけてきた野武士のような馬に敗退する瞬間だ。
アンチエリート派になんどとなくたまらない快感を与えてくれた、まさに野武士という表現がぴったりの馬がいた。南関東、大井競馬の所属馬でありながら中央競馬の大舞台に八たび殴り込み、並み居るG1ホースを蹴散らしスタンドを沸かせたファン泣かせの芦毛のダークホース。
その馬の名は、ジョージモナーク。
中央競馬という恵まれた環境で育ち、芝という最高のステージで快走するスターホースたちとは裏腹に、砂煙の舞う狭く苛酷なダートコースが主戦場の地方競馬、哀愁すら感じさせる飾りっけのないスタンド前を、熱い息遣いを感じさせながら駆け抜けて行く泥臭い馬たち。そんな地方競馬という陽の当たらない舞台から飛び出し、サクセスロードを一気に駆け上がったシンデレラホースがジョージモナークだ。
長足踏に長手綱というちょっと無骨な地方スタイルの装備もなんのその。。容赦なくステッキをふるう騎手のリズムに合わせ、水を得た魚のごとく緑のジュータンを軽やかに駆け抜ける。まるで彼に高い評価を与えなかった大多数のファンをあざ笑うかのように。
そう、ジョージモナークは常にファンをあざ笑い、期待を裏切り続けてきた馬なのだ。彼は地元の大井競馬では、お世辞にも一流馬とはいえなかった。事実、A1クラスにあがってからは人気を背負ってはコロリと負けるの繰り返し。一体ファンはこの馬に何度泣かされてきたことだろうか。
そのくせ、人気にならない中央でのレースや、中央、地方の強豪が集う帝王賞などでは、人気薄を待ちわびていたかのような大駆けを披露。そのたびに高配当の片棒を担いだ。地元、大井競馬場の予想屋からはオッズを読む馬と揶喩されるような、ファンにとってはつかみどころのない馬だったことだけは確かだ。
ジョージモナークは当時、中央競馬が公営競馬の所属馬に対して唯一門戸が開かれていた初秋の名物レース、オールカマーに1990年から3年連続で挑戦。人気薄ながら2着、1着、5着という抜群の芝適正を発揮。同レースに出走した地方所属馬としては常に最先着を果たし、国際交流レースジャパンカップの地方代表馬に2年連続で選出されるという輝かしい実績の持ち主なのだ。
そんなジョージモナークの8回の中央遠征の中でも1991年のオールカマーは歴史に残るレースと言っても過言ではないだろう。
戦前の大方の予想は、前年の有馬記念で3着、大阪杯を快勝した単枠指定馬のホワイトストーンが、グリグリの大本命。前々走の天皇賞春を6着、前走の宝塚記念では4着と惜敗続きだが、このメンバーでは明らかに実績は上位。単勝は1.5倍と断然の1番人気に祭り上げられていた。
2番人気は地方成績30戦23勝、連対率100%の実績を引っ提げて中央初挑戦となる東北の怪物ことスイフトセイダイ。
3番人気は、前走の新潟記念で直線一気の追い込みで3着と好走したセントビットが続いた。
前年の同レース8番人気ながら2着と好走したジョージモナークは、前走の関東盃を快勝。念願だった重賞初制覇を成し遂げ無冠の帝王を返上するなど、確実に力をつけていた。ところが人気の方はホワイトストーンに集中し過ぎたのか単勝21.5倍で得意の人気薄。今にして思えば好走の条件は揃っていたのだ。
レースは、増沢末夫が手綱を取るユキノサンライズが、例によって好ダッシュからハナを奪い、ジョージモナークは3番手の内に控え好位をキープ。人気のスイフトセイダイも好位を進み、ホワイトストーンは馬込みで折り合いをつけ、3コーナー過ぎから楽な手応えで徐々に先団に進出。
4コーナーで早くもホワイトストーンが、外目から絶好の2番手を併走。マークするスイフトセイダイは手応えが怪しくなってきた。このメンバーならあとは直線で抜け出すだけ。
この瞬間だれもがホワイトストーンの勝利を確信したに違いない。
ところが勝負は下駄を履くまで分からない。イン3番手のポケット位置でじっと息を殺していたジョージモナークが、4コーナーで満を持してスパート。内ラチ一杯のコースをこじ明け、コーナーワークを利して猛然と先頭に踊り出る。
直線では、ホワイトストーンが外から猛追。芦毛馬同士の手に汗握るマッチレースとなったが、インで必死に粘るジョージモナークは早田秀次騎手の右ムチに鋭く反応。一世一代の渾身の走りでホワイトストーンの追撃を1/2馬身退け、栄光のゴールを駆け抜けた。
ジョージモナークは前年2着のうっぷんを晴らすと同時に、地方所属馬としては1986年のジュサブロー以来、5年ぶり2頭目の快挙を達成。6番人気という低評価を跳ね返し、再びスタンドからどよめきが巻き起こった。
さらに走破タイムも2分12秒4という、1989年の同レースで怪物オグリキャップがマークしたレコードタイムに並ぶタイレコード。想像を絶するジョージモナークの激走ぶりは、実力も話題もなく沈滞ムードが漂っていた地方競馬の関係者に、どれほど大きな夢と希望を与えたことだろうか。
地方競馬所属の野武士のような馬が、中央競馬のエリート集団かを蹴散らす痛快さ。社会という枠組みの中で常に不満や劣等感を抱え込んで生きているアンチエリートの庶民にとって、ある種こたえられない快感でもある。
そのシーンを何度となく見せてくれた馬・・・。
それがジョージモナークなのだ!!

ジョージモナークの主な成績(重賞1着)
産經賞オールカマー

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